ギャラリー  ときの忘れもの

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カテゴリ: 三上豊のエッセイ

三上豊「今昔画廊巡り」第5回 東邦画廊

三上豊「今昔画廊巡り」 第5回 東邦画廊  かつて日本橋郄島屋ビルの影が被さるような所に小さな画廊があった。64年に開廊、「賃貸せず、画廊企画による」と謳う東邦画廊だ。住所は中央区日本橋通り2の7。75年には住所表示の変更で「日本橋2−6️―5」になる。小さな建 …
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三上豊「今昔画廊巡り」第4回 秋山画廊(後編)

三上豊「今昔画廊巡り」 第4回 秋山画廊(後編)  1970年に閉廊した秋山画廊は、85年には秋山直太郎さんから娘さんの田津子さんの時代に移り、活動を再開する。同じ場所に8階建ての貸しビルを建てた。ビルは現在でもまだ残っている。エレベーターもあったが、1階奥から螺 …
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三上豊「今昔画廊巡り」第3回 秋山画廊(前編)

三上豊「今昔画廊巡り」 第3回 秋山画廊(前編)  1963年3月村井正誠展で開廊、案内状にはカマキンの土方定一のコメントがある。そして1970年2月閉廊。この7年間が、今回の前編にあたる旧秋山画廊だ。後編は85年に同所にビルを再建し、後に代々木へ移転する秋山画廊であ …
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三上豊「今昔画廊巡り」第2回 田村画廊 真木画廊そして駒井画廊と真木・田村画廊

三上豊「今昔画廊巡り」 第2回 田村画廊 真木画廊そして駒井画廊と真木・田村画廊  田村画廊は、1969年2月に麻生三郎展で開廊。場所は中央区日本橋本町3−5ワカ末ビル。73年6月から本町4−15に移転。旧秋山画廊の所で、高山登展から始まる。さらに新田村画廊として77年9月 …
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三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」第1回 ときわ画廊

三上豊のエッセイ「今昔画廊巡り」 口上  今月から「今昔画廊巡り」をする三上と申します。綿貫不二夫さんから会うたびに「昔の画廊のことを書け」と言われていました。かつて5軒ほどの貸し画廊の記録集を自前で制作したからでしょう。しかし、画廊の展覧会スケジュールは …
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三上豊のエッセイ「第七画廊のこと」

第七画廊のこと  三上 豊                            画廊回り、この言葉自体はもう死語かもしれない。1960年代初頭から、銀座を中心に画廊は増え、80年代には、石を投げれば、飲み屋か画廊に当たるともいわれた。70年代半ばから、美術雑誌の …
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三上豊「北郷悟インタビュー」版画掌誌ときの忘れもの第4号より

北郷悟インタビュー 聞き手:三上豊 版画掌誌第4号所収 ひとが立つ空間 北郷悟インタビュー (2001年) ———資料を拝見してますと佐藤忠良先生のお名前が出てきますが、思い出されることは何ですか。 北郷 そうですね。今も一番に自分の柱になっていることがあり …
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三上豊「王様クレヨンの作家たち」

「王様クレヨンの作家たち」 三上 豊(2016年執筆、山口長男とM氏コレクション展より)  王様クレヨンといえば、ケースの左上にトランプのダイヤの王様がいて、小学生の頃使った方もいるだろう。今はもう製造されていないが大正時代初期から続いた有名な画材だった。1951 …
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三上豊 編・著『麻生三郎アトリエ』

亭主が尊敬してやまない高村光太郎研究の北川太一先生がつねづねおっしゃっています。 「優れたものはほっておいても必ず評価される、なんてのは嘘です。誰かが、これは美しい、大切なものなのだと言い続けなければ、あっという間に忘れ去られ、<なかった>ことになってし …
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三上豊編・著『ヨシダ・ヨシエへの手がかり』

亭主はリハビリ中心の日課が続いていますが、おかげさまでこのところ体調もよく、若い光嶋裕介さんの個展開催中ということもあり、連日深夜帰宅。 先月28日は、大阪から出ていらした倉方俊輔さんと光嶋さん、某雑誌の編集長たちと来年度の企画について会食しながらの打ち合 …
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