ギャラリー  ときの忘れもの

001_外観1
このブログ上の図版、写真、文章等のすべてについて無断転載・無断引用を禁止します。

20130803アトリエUKITA 表20130803アトリエUKITA 裏

「アトリエUKITA オープン・ギャラリー
─「アトリエUKITA」これも浮田要三の作品です─」

会期:2013年8月3日(日)〜8月5日(月)
会場:アトリエUKITA
  〒537-0013 大阪府大阪市東成区大今里南2丁目5-6
時間:11:00〜18:00
入場無料
http://www.kawachi.zaq.ne.jp/dpnhc100/Atlier_UKITA/Welcome.html

浮田要三の作品とアトリエUKITAの生徒を中心とした作品を展示します。

浮田要三さんは1924年大阪に生まれました。1947年詩人の竹中郁、井上靖主宰による童詩雑誌『きりん』の発刊に参加し、以後15年間その刊行に携わります。同誌は1971年まで関西地方を中心に発行されました。
また1955年には吉原治良主宰の「具体美術協会」に参加。64年に同会を退会するまで具体美術展に10回連続出品しました。
その後も国内やヨーロッパで個展を開催するなど精力的に活動しました。
1985年には「アトリエUKITA」を開き、作品を作ることで自己また他者をみつめ受け入れていこうと、多くの人々の集いの場としても親しまれてきました。
アトリエUKITAは都会では珍しい合掌造りの元倉庫で、吹き抜けの天井、はりめぐらされた梁、そこからいくつもぶら下がる風船のような物体、大きな大きな白い帽子など、非日常の空間です。大阪へお越しの方、是非お立ち寄り下さい。

浮田要三 メッセージ
現代美術の絵画教室です。
作品を作って心の骨を鍛えましょう。
たのしい絵(作品)をつくって
心の骨を丈夫にしましょう。
心の骨を鍛えることは人間の仕事の中で
いちばん大切なことです。
だから好きな作品をつくりながら
心の骨の勉強をしましょう
アトリエUKITAはそんなところです。

*画廊亭主敬白
かつて具体で活躍した浮田要三さんが癌で余命幾許もなく、またアトリエの存続も危ういので応援して欲しいと井桁裕子さんや京谷裕彰さんに声をかけられたのはつい数ヶ月前のことでした。
さっそく「アトリエUKITA オープン・ギャラリー」のチラシを送ってもらい、いずれ浮田さんの展覧会も開きたいと考えていたのですが、アトリエに伺う余裕もなく日が過ぎてしまいました。
浮田さんは7月21日、逝去されました。
謹んでご冥福をお祈りするとともに、残されたアトリエの存続を願わずにはいられません。
関西の皆さん、8月のアトリエ展にぜひお運びください。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

コメント

 コメント一覧 (1)

    • 1. 四国中央市hiro_goda
    • 2013年08月11日 23:46
    • 浮田先生が死去されました事、奥様よりご連絡頂き驚くばかりです。70年前のきりんの生徒先生に会う為態々四国までおいで頂き、それが縁で親しくお付き合いさせていただいていましたのに残念でなりません。アトリエにもお邪魔させて頂いたり、大阪、東京六本木での展覧会にもきりんの最後の砦だった浮田要三先生、でもきりんの歴史は消えません。青い鳥同様我々が伝え残して行きます、ご安心ください、安らかにご冥福をお祈り致します        合掌
コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
顔
星

トラックバック